徒なる想い

生きる

妻が入院してはや三週間が経った。

テレビばっかり見ているのでその手の知識に造詣が深い妻が、
救急隊員が来る前に激痛で苦しいのに足の感覚がなくなってしまった時に「もうだめだ」と諦観の声を漏らしたことを絶望的な気分で聞きながら「救急隊員がなんとかしてくれる!」と鼓舞したことや、雪かきをサボってしまったので雪積もるアプローチをザクザク渡り、30分以上はかかる病院までの道中(救急車は思っているほどスピードを出さない)のことをぼんやりとは思い出すが、時間の感覚はおかしかったり(自分が搬送されるときは未来永劫続くかと思われた時間だったが、実に短時間で病院に着いた)のことは事細やかに思い出される。

その後、「大動脈解離A型」であることが判明し、妻がもし逝ってしまったらと絶望しているか、自分の病気で思考回路がショートして感情と体調が狂っているかの三週間だった。

仕事も休んだ。うつ病が悪い波を打って制御不能の日もあった。上司がお見舞いに来たときも、まともな対応ができなかった。自分に必要なモノゴトが次々と剥がされるような時間を過ごした。
現在、妻の様態はだいぶ落ち着いている。早ければ今月末で退院だそうだ。ただその確証はない。

今回の件で改めて理解したこと。

・もう仕事には希望も情熱もない。与えられた職責を果たすことしかできない。いやそれすらできないかもしれない(分限免職だ)。
 
・趣味も上辺でやり取りをしている。大切なコトを犠牲にしてでもといった熱意はない。

・ビールは特に美味くない。甲類の焼酎で十分。

もうナイナイづくしでどう仕様もない。しかし実際生きていることの価値が積極的に見いだせない。
こんなことを言えば、90歳を超えてなお生きる執念に取り憑かれている義祖父や、癌に犯されてでも仕事をやめようとしない実父に怒られよう。

しかし仕方がない。うつ病とはそういうものだ。自分で首縊りを画策しないのでまだマシだ。
自分以外の人に起こる「良かったね!」を糧にして、自分の命を取り留めている(いや、もちろん自分が死んだら色々と面倒な事が起きて困る人が出てくるのは百も承知のこと。だからこそ自分で首縊りはもうしない)。

raytrek debut MX(CLIPSTUDIO PAINT/EM01/H310)

DSC_3535

年末の「vistaマシンを扱き使う」のエントリーがフラグになったのでしょうか?  

イラストを描くのは元来好きでした。しかし気まぐれに中古で購入した Wacom Intuos は、私のお絵かき心を激しく点火させてしまい、液晶タブレットの HUION Kamvas pro 13 を勢いで購入させてしまいました。 

ところが接続のことをよく調べなかったのが敗因でした。Lenovo の 遺物のような vistaマシンでは液タブなど動かすことができなかったのです。 

こういった失敗の後始末は2択しかありません。
その1・液タブを早期放出する。
その2・最新のパソコンを導入する。

悩む時間はありませんでした。
「これを機にパソコンを買い換えよう」  

それから泥縄的に勉強をして、最新のコンピュータ事情をなんとなく理解しました(まぁ、職場でwin10を使っていますから、ド素人ではないのですが)。 

今回のポイントは「あらゆることを求めないこと」です。
以前なら「コンピュータで文書作成・計算処理・データベースにイラスト作成・写真加工、管理・年賀状管理そしてDTMナドナド」と、ありとあらゆる機能を求めていたでしょう。

しかし現在は「ホームページの更新とイラスト作成のみ」と割り切っています。
コンピュータはソフトやハードを導入すれば何でもできますが、肝心の人間にスキルがないと何も役に立たない。最近は物覚えが酷く悪くなったので、やりたいことは絞っています。

そうした事情を踏まえて、札幌のドスパラに出向いて次のようなコンピュータを購入しました。

cpu :Intel Core i7-8700k
メモリ :16G
SSD :500GB
グラフィック :2G
マザーボード :ASUS H310M-AT R2.0-SI

これを核にして、手持ちのハードやソフトを組み込んで完成させました。勿論、今回の要は液タブの HUION Kamvas Rro13 です。

購入後、悪名高いメルカリで、たいへん程度の良いBOSEのスピーカーと、新品同様のCANONのスキャナーを廉価で購入できたのは幸いでした。 あれよあれよと短時間で、たいへん立派な環境だけはテキパキと整ってしまいました。

私のことですから最低でも10年は使い続けるでしょう。逆に言えば、そのくらいは保ってほしいとも思っています。

現在はセッティングをいろいろと詰めている最中で、実はこれが一番愉しい。

Bellissima! / ピチカート・ファイヴ

DSC_3554~4

大学生の頃、ギターとオーディオから離れていた。決して飽きたからではなく、時間があれば本を読んでいたからだ。

その頃は現代思想が流行っていた。大学で国文学を専攻していた私は、精神分析理論と記号論とをバイブルにして、日本の現代文学を読み解くのに夢中だった。電車通学だったが、駅で降りずにそのまま電車に揺られながら読書を続けることも多かった。希望の大学に合格できなかった劣等感が文学研究への強いバネになっていたのだ。

テクノ・ニューウェーブの流れから、デジタルポップが流行っていた。高価な布地で仕立てられて肩パットの入った逆三角形のフォルムのジャケットを羽織っていた。女性の化粧は濃かった。みんな小綺麗で吝嗇なことを厭うた。本質的には垢抜けないのに、オシャレ志向が強かった。
見延典子の「もう頬づえはつかない」と田中康夫の「なんとなくクリスタル」とは、たった二年しか違わないのに、東京が激変したことを今更ながらに私たちに教えてくれる。

私も変わった。感傷的な叙情派フォーク・ソングは一切耳にしないようになった。そればかりかあれほど夢中だったフュージョンさえも聴かなくなった。

私はピチカート・ファイヴの「couples」だけをひたすらに聴いていた。何かの折には口ずさんでさえいた。この頃の私は、小西康陽の作品群を心の底から愛でていた。

メロディは勿論のこと、映像的・小説的に切り取られた日常の歌詞の世界観に参ってしまった。小西康陽の影響でヌーベルヴァーグのビデオを次々と借りて観た。

私は、佐々木麻美子嬢にぞっこんだった。芝浦インクスティックで生歌に触れたときは感動に打ち震えた(小西康陽のベースがとてもイイ音だったのにも驚いた。サポートの沖山優司よりも好みの音だった)。

だからこそ、佐々木麻美子嬢の脱退は衝撃だった。後任の田島貴男が属する「ORIGINAL LOVE」の自主制作レコードを池袋で買い求めたがいまいちだった。もうピチカート・ファイヴはおしまいだと正直思った。

ところが「Bellissima!」はとんでもない傑作だった。信藤三雄の素晴らしいアルバム・ジャケットには、冴えまくる小西康陽の詩、哀愁に満ちた高浪敬太郎のメロディ、切れ味鋭い斉藤誠のリズム・ギター、そして艷やかに歌いあげる田島貴男がパッケージされている。

このアルバムについて『ミュージック・マガジン』が「仏作って魂(ソウル)入れず」と罵詈雑言を尽くしていた。歴史とは残酷である。当時は勢いで記述したのだろうが、ソウルのないと言われた作品群は、いぶし銀の魅力を未だに失っていない。

砂丘 / 乾裕樹 & TAO


DSC_3621~2

昔「ステレオ音楽館」という、テーマ音楽にDEVOを使い、高中正義の出演したCMが記憶に残るテレビ番組があった。毎週、旬なミュージシャンのライブを平日の夕刻に連続で放映する音楽番組である。

これと和田アキラやゴダイゴが出演したグレコのCMが強烈だった「ロックおもしロック」はできる限り視聴していた。嘗ては日本のロックが主要なテーマのテレビ番組があったのだ。

高中正義の躍進は、このときのパイオニアのCMがきっかけであることは間違いなく、私と同年代で和田アキラのグレコのCMを食い入るように見つめていた人は数多に存在する。

当時はギター中心のフュージョンだけではなく、DEVOが象徴するように、テクノ・ニューウェーブ(勿論YMO!)も隆盛した素晴らしい時代だった。

私にとってビートルズは遠い過去であって、ツェッペリンやディープ・パープルも教科書であった。TOTOやヴァン・ヘイレン、クラフトワークにラリー・カールトンといったバラエティに富んだ音楽を聴いていた世代である。ジョージ・ベンソンも「Breezin'」を奏でるギタリストというよりも「Give me a G7」と呟き「Turn Your Love Around」を歌うミュージシャンであった。

さて、「ステレオ音楽館」であるが、ある週に「砂丘」をリリースしたばかりの乾裕樹のライブが組まれた。後で気づいたのだが、高中正義の「Blue Lagoon」でキーボードを奏でていたのは乾裕樹であった。

哀愁を帯びながらもとても美しく、それでいて軽やかなメロディはとても印象的であった。誰にでもできるようなアルバイトを高校生のときにしていたが、それで得た小金は書籍かレコードかに代わっていた。この「砂丘」のレコードも欲しかったが、高中正義、渡辺香津美、松岡直也、和田アキラなどのレコードで手一杯なので買えなかった。あの頃のミュージシャンは一年に2枚ぐらいはアルバムをリリースしていた。

数年後、中古レコード店で偶然手に入れることができた。久しぶりに聴いても、間違いはなかった。やはりいい。派手過ぎず地味過ぎずで心地の良い時間を確約してくれるアルバムで、私のお気に入りのレコードだった。

後年、アニメのボトムズに関係していることを知ったが、あいにくボトムズは見ていなかった。

レコードプレーヤー一式を人に譲ってからは聴く手段がなくなってしまい、CD化されるのをとても永い間待ち続けた。あまりにも音沙汰がないので半ば以上諦めていたのだが、CD化が昨年実現した。

久しぶりに聴く。やはりいいものはいい。全く古臭さを全く感じさせない。きっと今後もことあるごとにCDプレーヤーにかけるに違いない。

棚からお目当てのCDを抜き取り、ブラケースを開けてディスクを取り出してプレーヤーのトレイに載せる。
ソファに座り、リモコンのプレイボタンを押す。
吟味を重ねて構築したオーディオシステムから音楽が流れる。

オーディオ愛好家にとっての至福のひとときである。

このようなCDの愉しみはいつまで味わえるのだろうか。アナログレコードのような趣味性が低いので、息を吹き返すとは思えない。このままでは「配信」にその座を奪われるのは時間の問題であろう。

個人的には、Wadia850 をこのまま愛用し続けたいと思っている。
そのためにもメンテナンスに早く出さないといけないよなぁ〜。

VISTAマシンを扱き使う

DSC_0460

ホームページの移植・改築作業に思いのほか時間を取られています。ページの単純な引っ越しはあっさりと完了したのですが、新装開店とばかりに現状に合わないところの改変、潰したページの復活、新しいコンテンツの導入などやり始めると際限がありません。

今までは、とてもとても古いホームページビルダーだけを使って、切り貼り感覚でホームページを作っていました。今回は姿勢を改めて、ホームページビルダーで大凡を作った後に、htmlとCSSについての本を参照しながらエディターで数値と構造とを確認しています。

勉強ついでにブログのタイトルと背景を自作してみたり、Photoshopで画像を加工してfaviconを作ってみたり、エディターでsitemap.xmlやrobots.txtを書いてみたりと、理屈はわからないまま書籍やgoogleの指示のとおりに作業を進めてみました。コンピュータは無理解故に失敗しても、理解を深めて再挑戦を繰り返せば「正解」に辿り着くことができます。うまく作動したときの達成感はとても強く、嬉しいし愉しい。

中古ですが、ペンタブレットも久しぶりに購入しました。幸いなことにCLIP STUDIOのライセンスが残っていたので、イタズラ書きも練習し始めました。思ったようにペンが動かないのですが、やっていてやっぱり面白い。15年ぶりにきんたこ通信を再開しようかな。

溜まったデータの整理をしているうちに32GのUSBメモリと16GのSDカードの不調が判明したので、32GのSDカードを仕方がなく買いました。VISTAマシンにWIN7を走らせて、古いソフトウェアに鞭打ってあれもこれも行っています。新しいマシンとソフトウェアがそろそろ欲しいところですね。
DOSの頃に比べれば格段に安くなりましたが、コンピュータはお金がかかるものです。

しかし、自分がイメージしたモノを実際に目に見えるカタチに整えることは面白くて愉しい。取り掛かると時間が経つのを忘れてついつい没頭してしまいます。本業がうまくいかないのでなおさらです。

最終的にはスマホでも閲覧しやすいデジタル個人誌を目指しています。

YAMAHA THR10C

yamaha_thr10c

せっかく入手したFender Princeton Reverbでしたが、ボリュームが少し動いただけで爆音をたてますし、初めての真空管アンプだったので必要以上に扱いに慎重になってしまったりと、気軽に使うことができません。

次第にフラストレーションが溜まりだしました。

以前、Amazon のレビューに釣られて VOX の Pathfinder10 を購入したことがあります。本体は軽いし小さいし、おまけに値段も安いしとお手軽な要素に満ちていたのですが、音に潤いがなくてパサパサしているというか、いくらエフェクターを通すにしても素朴過ぎて面白みが全くない。これは使っていても楽しくないからと自分の腕前は棚に上げて、人に譲ってしまいました。

価格的にも性能的にも納得のいく小型アンプをとじっくり時間をかけて検討しました。情報を丁寧に掬った結果、YAMAHA THR10 が候補に残りました。本当はノーマルタイプのTHR10のベージュの色合いが好みだったのですが、どうせエフェクターを噛ますのだからとクリーン専門の黒いTHR10Cを選択しました。

実際に音を出してみると、スピーカーの口径以上の豊かなサウンドが鳴り響きます。爆音を出さなくても満足できる密度の濃い音質です。空間的な広がりも申し分なく、弾いていて楽しいアンプでした。モデリングされたアンプをいくつも選べるのですが、ツマミはだいたい DELUXE か CLASS A でした。これならノーマルでもよかった。

これにMOOERから出て間もないデジタルプリアンプを繋ぐと好みのサウンドが出てきました。
このMOOERのプリアンプは実に良かった。ブギーモデルの008とフリードマンモデルの012を持っていましたが、フリードマンモデルはクリーンもドライブも最高に良かった。ドライブの音は木目がとても細かい素晴らしいサウンドで、実機が本気で欲しくなったほどでした。

愚人は小さな困難を克服すると、もう少しどうにかならないかと大きな欲を掻いてしまいます。

私も、トランジスタではなく、とうとう真空管アンプでギターの音を出したくなってしまいました。

しかし、今までの数多くの失敗から「小型軽量小ワット」のアンプが最低条件であり、なおかつ経済的な問題から安価であることも加わります。

そんな都合の良いモノなんかあるかと思いきや、Bugera V5 という素性の良い、理想的な小型真空管アンプを見つけ、入手したのでした。

フォークギターの思い出

strings2_a01

私が小学生のときです。

矢野顕子嬢がDJをしていた「若いこだま」に高中正義氏がゲスト出演し、新譜の「TAKANAKA」が特集されました。子供ながらに衝撃が走り、自分もギターが弾きたいと思いました。しかしお小遣いは月に千円もなく、子供がアルバイトをするような場所もありません。


住んでいた町には楽器店はなく、隣の街の楽器店は子供がヒョイと入れるような雰囲気ではありません。親と一緒に街に出たときに、ショーウインドウ越しにエレキギターを見つめるのが精一杯でした。


中学生のある日曜日、ギターを買ってやると父親が突然言いました。そして郊外にあるディスカウントショップで、父親の買い物のついでにギターを買ってもらいました。無名メーカーのフォークギターです。当時はニューミュージックが流行っていたので、ギターといえばフォークギターのことでした。

天井から吊り下がっている何本かのギターの中から、どう選んだのかは記憶にありません。エレキギターはダメだということで、選択肢はほぼなかったように思えます。


思い返すと、まるで円柱を二つに割ったような丸くて太いネックでした。しかし比較仕様もなく、ギターのネックはそういうものだと半ば信じていました。

入手して間もなく弦が切れましたが、せめてもとエレキギターの弦を張りました。エレキの弦はフォークの弦よりも細くて柔らかいので、Fコードで挫折はしませんでした。しかしナットの溝が太かったせいで、いつも音がビリついていました。


フォークギターの教則本を買いましたが、興味のない歌ばかりでした。妹が買ってきた芸能雑誌のソングブックを見ながらジャカジャンと掻き鳴らしましたが、歌伴がしたいわけではありません。


やがて高中正義氏のブームが到来して、譜面も売られるようになりました。

お小遣いを貯めて譜面を購入し、やっと希望が叶うと喜んだものです。しかしカッタウェイのないフォークギターではハイボジションのフレーズは弾けません。ローポジションで弾けるフレーズだけは繰り返し練習していました。


高校入学を機にエレキギターを入手してからは、天袋に入れたままでした。帰省した折に手持ち無沙汰で引っ張り出して弾くこともありましたが、数年前の改築のときに粗大ごみとして処分されたようです。私にとって記念すべきギターのはずですが、惜しむ気持ちは不思議と湧きませんでした。


(イラスト・ポップさんからイラストをお借りしました。)
https://illpop.com/png_musichtm/keyboard_a15.htm


鍵盤の思い出

keyboard_a15

幼稚園のときにオルガンを習わされていました。
オルガンといっても、ジミー・スミスが弾くようなオルガンではありません。さすがに足踏み式ではありませんでしたが、嫌な音だなぁと子供ながらに感じる電動オルガンでした。

電源を入れると不快なモーター音が唸り出し、鍵盤を押せば陰気な音がひり出てきました。足踏みオルガンのほうが素朴な音色で好感がもてました。
 
課題曲も単調が故につまらない。弾いていて全然楽しくありません。あまりに苦痛だったので、母親に懇願して1年でやめました。

後年、妹がピアノを習うというので、アップライトピアノが家に入りました。アップライトとはいえピアノの音は美しかった。単音をピストルショットで弾いても、和音をポーンと叩いても楽しかった。

簡単にアレンジされたジャズの譜面を自分で購入し、リチャード・クレイダーマンを練習する妹のあとで、「いつか王子様が」と「バードランドの子守唄」に挑みました。

しかし碌に勉強もしないでレコードばかり聞き、ヘタクソなギターを弾いてのうえですから、母親から「うるさいからやめろ」と叱られる始末です。

私もヘタクソなピアノは騒音(東京の狭い家の中ですから、隣室のテレビの音までも掻き消してしまいます)だと自覚していたので、気兼ねして鍵盤とは徐々に疎遠になりました。

結局、キーボードとは復縁もなく現在に至ります。

そのときの反動なのでしょうか。大して弾けやしないのに、ギターとギターアンプは購入と放出とを繰り返しています。防音室の中では誰かに気兼ねする必要がありません。自分が満足するまで「騒音」を立てることができます。これが実に気持ちが良い。

気がつくと、ギターとオーディオには財布の紐がついつい緩くなってしまうのです。

(イラスト・ポップさんからイラストをお借りしました。)
https://illpop.com/png_musichtm/keyboard_a15.htm

NEW YORK / 日本の素晴らしき8名のギタリストたち

DSC_0417~2

私は、紙ジャケット仕様のCDが嫌いです。

アイテムの美的観点からは盆栽に通ずる趣向があるのでしょうが、機能的観点からは面倒なことこの上ありません。ビニールカバーをペリペリと剥がし、ジャケットを取り出したのちCDを慎重に抜き出す。あぁなんと神経が疲弊することでありましょうか。
特別仕様の恩恵で音質が良いことは認めますが、ズラリと並んだプラケースの列の中でポツリポツリと紙ジャケットが異彩を放つのは全くもって好ましくありません。

今年になってから、紙ジャケット仕様のCDをオークションで処分しまくりました。思っていた以上に高値で引き取られ、そのお金でプラケースの通常盤のCDを安く買い改めました。世間的な価値観とは逆行する行為ですね。

買った以上は聴きます。
久しく聴かなかったアルバムを聴く好い機会です。
聴けば必ず感じます。「やはりいいよなぁ〜。」

最近(?)のギター・ミュージックは YouTube で視聴しています。
上手い!アマチュアの方々でも複雑なフレーズを凄まじい速度で安々と弾いています。フュージョン世代の私には信じられません。しかし自分でもギターで弾いてみたいとはなりません。

弾きたいと思えない曲は聞きたいとも思わないので、この何年かにリリースされた新譜CDは買っていません。

逆に二昔前の Ventures や寺内タケシの動画を見るといたく惹かれますし、自分で弾いてみたいと心が騒ぎだします(次にギターを買うとすれば、Mosrite で決まりです)。
新しい奏法を習得するよりも、古典ともいわれる美しくも楽しい彼らの奏でる曲々を、私は弾けるようになりたい。

おそらく年齢のせいで、最先端のセンスとズレが生じているのでしょう。

「NEW YORK」は、8名のギタリストによる NEW YORK のイメージアルバムです。当時からのフュージョンファンであればマストアイテムで、私はアナログレコードも持っておりました。

所有していたCDの「NEW YORK」は、紙ジャケット仕様ではありませんが Blu-spec CD2 盤でした。確かにシャープな音質なのですが、まったりとした廉価盤のCD選書に買い替えました。

「NEW YORK」に収められている曲々は、現在の感覚では「古臭」くて「難しくない」のかもしれません。しかし、私にとっては胸おどるフレーズと胸詰まる音色とで満ちています。聴けばギターを手に取らずにはいられない。

いつかは彼らのフレーズを自分のギターから奏でたい ― 大それた夢を描きながら、今日も下手くそなギターを弾く幸せ。

FURUTECH / FP-209-10(R)

せっかくプラグをもカバーできる熱収縮チューブを購入したので、全てのオーディオ機器に給電しているアイソレーション電源 / CSE TX-2000 の電源ケーブルのプラグにも、手を加えた上で処理を施しました。

純正品はなんだか安っぽさ満点だったので、根岸通信さんに無理を言って特製ケーブルを作っていただきました。この特製ケーブルの電源プラグを、CSEの200V用壁コンセント CSE CON-V に刺すための 200V用の電源プラグ / CSE RAP-2 に、道具を碌に持っていなかった私が換装しました。
もう15年も前のことになるのですね。

DSC_0399~2


銅の太い撚線を2本束ねてネジに固定するのはとても難儀だったようです。改めて見ると、無理矢理な素人作業なので仕上がりがとても雑で、よく火災事故が起きなかったものだと思います。

DSC_0395~2

今回導入した、フルテックのFP-209-10(R)です。こうした用途のYラグの存在は知りませんでした。先日、別件でヨドバシカメラのサイトを調査をしているときに発見しました。

DSC_0404~2

万能電工ペンチでカシメようとしましたが、キレイにできません。四方八方から無理矢理に加圧して、なんとか固定できました。

DSC_0405~2

素手で作業したので、手垢を除去する意味もあって接点処理剤を塗布しました。以前は接点No1/熱研 でしたが、この何年かは、もあれプラチナPlus/Ge3 を使用しています。

DSC_0409~2

コンセントのブレードとYラグとを接続します。これで確実に結線できました。念の為、Yラグと導線はビニールテープでそれぞれ巻いておきました。

DSC_0411~2

プラグを装着し、熱収縮チューブの処理を施して完成です。

DSC_0414~2

プラグのブレードにはロジウムメッキがされているので、ロジウムメッキのYラグを噛ませても音はそんなに変わらないだろうと予想していましたが、半分当たりで半分不正解でした。煩くない程度に高音域が伸びやかになり、そのためか中音域の張りが良くなったように聴こえます。

今回も万能電工ペンチが大活躍でしたが、ワイヤーストリッパーにしろカシメにしろ必要な規格がなかったので仕上がりが雑になりました。やはりキチンとした工具は高価でも所有しておきたいものです。
Recent Comments
  • ライブドアブログ