徒なる想い

またもや地震雲

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オーディオができないせいか、コンピュータばかりこの頃弄んでいる。

メモリを載せ替え、BIOSをバージョンアップし、usbポートを増設した。この他にもケーブルやモジュラー線の選択・交換、SSDによるバックアップディスクの新設など、かなりのお金をつぎ込んでいる。

お金に余裕はないが、愉しさ優先である。
少しでも愉しみを見出して熱中しないとやってられないといった感じもある。

この後はVHSテープとレーザーディスクのデジタル化の作業がある。
mcIntoshとWadiaが修理から戻れば音楽に浸れる。
ギターの練習も再開したい。

趣味で自分を鼓舞させて、お酒を飲んで、愉しさを創造しなくてはならない。
生きることはたいへんだ。

ところで、地震雲が今朝また出た。何も起こらなければよいが…(このエントリーは、昼休み中にパパっと書き散らしました)。

のっている日

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今日は何故か「のっている日」。

我が家では、神棚へのお供えのお取替えは、きっちりと1・15日ではなくて、その日に一番近い休日に行っています。
今日はお供えの日。祝詞奏上のあと先日のサマージャンボのお礼を申し上げ、龍神様やを虹の橋を渡ったワンコたちへもお供えしました。

その甲斐もあってか、自分のコンピュータのメモリの「相性問題」は解決するし、妻のコンピュータのハードディスクSSD化計画もうまくいきました。
具体的には、私のPCは無事32GBの大容量になりましたし、妻のPCはVista時代のノートパソコンですが、HDDからSSDへの載せ替えに成功して「ReadyBoost」さえ不要になりました。

お金を払っているのだから言ってもいいかと思うのですが、妻のHDDをクローン化するにあたって有料版の「EaseUS Partition Master」は全然役に立たちませんでした。拘ったことで却って長時間のロスが起こりました。

ところが無料版(ウィルスソフトに引っ掛かったケド)の「MiniTool Partition Wizard」を使用してみると、あっさりと問題が解決しました。感謝の意を込めて、早くに有料版を購入することをここに記します。

コンピュータは謎が多くて解決までに時間がかかりますが、知識と技術とが見に付くので好きです。
オーディオ修理の知識と技術も涵養したかったですね。

当たっちゃった

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昨日は妻の実家のお墓参り。自分の実家はもう10年はお参りしていない。罰当たりだなぁと思いながらも、帰京する気が起きない。あんな暑いところへ行くものかと思っていたら、東北や北海道の方が暑くなってきた。地球規模で狂っている。

サマージャンボ宝くじで頂戴するはずだった7億円は、今回は遠慮した。実際のところは5000万円あれば良い。億のお金を使う時間は、年齢を考えれば残り少ない。

妻の実家に向かう途中で地震雲。これは危ないと話していたら、十勝沖で本日地震発生。宝くじは当たらないが、地震雲はかなり当たる。しかし理も利も何もない。

地下街で、名寄に転勤した友人と4年ぶりに再会。話は募らせたいが、彼の乗る列車の時刻が迫っているので再開を約束して別れる。

ガソリンをいつも入れているスタンドで羆がウロウロ。ようやく一頭射殺できたが実はまだ二頭いるんだよね。家庭菜園の美味しい玉蜀黍を食べ漁っているようなので、とても危険。丘珠事件ふたたびも現実味を帯びてきた。

コンピュータのメモリをグレードアップさせたら「相性」に当たり。元に戻しても起動しない。中華製のバックアップソフト、全く役に立たず。DVD-Rでも作ろうかなと思いつつ、USBメモリで作っておいた回復ドライブでいざ出陣。即撃沈。BIOSを眺めて半ば諦め。

明日、職場のコンピュータで回復ディスクを作ってみよう。

当たらなければいいなぁ

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お昼はコンビニでパンを買い、近所の公園で食しました。
お盆休みのためでしょうか、バーベキューを楽しんでいる人もいつもより少なく、また滔々と流れている川も、水遊びができないほど痩せていました。

川の流れが貧相なので、ちゃぽちゃぽしたせせらぎに耳を傾けながら(他所の家のバーベキューの薫りをオカズにして)のんびりと食事を愉しんだ。我が家は大都市サッポロにある田舎の山に住んでいるので、特別なことをしなくても自然相手に時間を過ごすことができるのです。

暫くして妻曰く「雲が怪しい」と。見立てでは遠いらしいが地震雲らしきものが見て取れるようだ。
熊が出たり天候が不順だったりと自然に振り回されているので、せめて天変地異は具合の悪いときにはおこらないでほしい。

陽にあたったせいか、家に帰るとぐったりと疲れてしまった。

ゴールデン☆ベスト / 柳ジョージ&レイニーウッド

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この数年、公共交通機関を通勤に利用してきた。札幌の街の端から端までをバスと地下鉄とを乗り継ぐので、時間は随分とかかる。幸いだったのは乗車駅がほとんど始発駅でもあったので、必ず座れて仮眠ができたことだ。

体調は依然不良なのだが、訳あって自家用車通勤を今春から再び始めた。仮眠に当てていた時間にハンドルを握るのだから、最初は眠くて非常に危険であった。そのうち慣れてきて、カーステレオを聴く余裕さえできた。

そういう気分なのだろう。歌ものとオケものばかり聴いている。

オケは広上淳一指揮の伊福部昭作品「宙」とサンダーバード音楽集である。これにウルトラセブンの音楽集を取っ替え引っ替えしながら聴いている。気持ちが高揚し、機械の操作に力が入る。交通量がまだ少ない朝の国道で、10万キロを超えたダイハツの軽自動車を滑らかに疾走させている。

歌ものは、時間的に古くなってしまった日本のロックだ。クリエイションもそうだが、柳ジョージとレイニーウッドのベストアルバムも好んで聴いている。

ベストアルバムと銘を打ってはいるが、ベストな選曲が組まれたアルバムは少ない。ライブ盤のほうが理想的なリストで編まれていることが多い。

柳ジョージのベストアルバムも同様である。完璧なベストとは思えないので、所持している2枚のベストアルバムを交互に聴いている。

本当はもうひと手間かけて、2枚のアルバムからセレクトしてCD-Rの80分に収まるように自分で編集するのが最適なのだろう。ところがそんなことでさえ気持ちが奮わないほど精神が疲弊していたりする。本当に困ったものだ。

交互にとは言うものの贔屓はあるもので、好みの歌が入っているCDが流れると嬉しい。CD-Rは無記名の白いままなので、何がかかるかは楽曲が流れるまでは分からない。

「Weeping In The Rein 雨に泣いている」は、柳ジョージにとっては名刺代わりの代表曲だ。真似のできない歌声と、シンプルながら感情に染み入るギターのフレーズが気持ちを奮い立たせる。
できることなら自室を改造し、カラオケルーム仕様にしたい。そこでギターを抱えて、下手な歌をがなり立てたい。そんな気持ちにさせるほど、この曲は魅力的だ。

宝くじが当たればなぁ。

話変わって、この手のベストアルバムのジャケットは、揃いもそろって実に残念な仕上がりである。
予算がなかったり権利の問題で、思い通りにならない事情がひしひしと伝わってくる。そんな貧相なジャケットを纏わされた楽曲が哀れだ。ジャケットが訴えかけないアルバムに、新規のリスナーの食指は動かない。

CDが売れないのは当然であろう。

mcIntosh MA6900 致命的な大事なし

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先日、ヴィンテージオーディオ堂さんからメールが届きました。  

メンテナンスに出しているMA6900は、点検・計測器での試験および動作試験を念入りにしていただいた結果、重篤なトラブルはないようです。やれやれ一安心。

今回は基本的なメンテナンスを中心に、電源部のコンデンサーを交換してランプもLEDに置き換えてもらいます。どれだけリフレッシュして帰って来るのかが楽しみです。

報告によると、基板上のホコリが多かったようです。20年近く設置したままなので、当然といえば当然のこと。使わないときは風呂敷でも掛けておこうかしらむ。

喪うことが最近続いていたので、とてもホッとした連絡でした。

ソフトウェアの再インストール

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仕方なしではあるがパソコンのシステム構成を改めるのだからと、ソフトウェアのアンインストールとインストールとを改めて行った。

私は「一太郎2005 」や「筆王2006」など15年前のソフトを未だに使っている。住所が一部変更した以外は不都合のないところが、これらのソフトの偉大なところだ。

しかし何かある度にいちいち箱からCD-ROMを取り出すことは不便である。そこでusbメモリにディスクを丸ごとコピーすることを思いついた。
ボサっとしているうちに携行メモリーの容量が大きくなったことで、シェアウェアソフトやフリーソフトはもちろんのこと、かさばるCD-ROMのインストールディスクさえも全て取り込めるようになっていたのだ。

「CCleaner Professional」も購入して、準備は整った。

windowsの「設定/ アプリと機能」を使って、FFFTPやプリンタードライバーなどを除いたソフトウェアを順次アンインストールしていった。

ほぼ丸裸にしてから「CCleaner」を使って不要ファイルとレジストリのクリーニングを行い、「Todo Backup Home」でバックアップをした。
その後、シェアウェア/ フリーソフト用のフォルダを作って、必要なソフトウェアのインストールを片っ端から続けた。

元のような環境に戻してから再びバックアップをとり、パソコンの仕切り直しは完了した。

インストールし直してからまだ使い込んでいないので、安定しているかどうかは不明である。しかし今回の再構築にはかなり資金を投入したので、どうか無事に働き続けてほしいものだ。

ディスク管理にと、「CrystalDiskInfo 7 Shizuku Edition」を導入した。以前から使っている東芝製のハードディスクはまだまだ元気で何よりだ。

20年間のデータをオーバライトしてしまう

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画像データは各フォルダに分散していた。何年にもわたるデータ量故に、結構なGB量である。クラウドには自分すら忘れていた写真があったりする。この発見がなかなかに楽しい。

それぞれのフォルダに収めた写真は、データネームがバラバラである。それを撮影時間にリネームできるソフトをかけて、重複ファイルを取り除く。そのとき、あっちのドライブこっちのドライブとピンポンさせたのが拙かった。

誤ってデータドライブを潰してしまった。

20年にわたる札幌での私生活の記録や資料。卒論や紀要に載せた文章。ネットでの知人とのやり取り。ホームページの過去のデータ。定年までの5年間、仕事で転用できる模範的文書や通信文章。等々。

読み返すか?と訊かれれば、多分読み返さないものではある。
しかし個人史としてはささやかな意味のあるものでもある。

慌ててwindowsのバックアップ機能を使ったが、同じドライブに保存していたレーザーディスクの録画データは救出できたものの、ドキュメントは全滅だった。可能性のあるドライブに復元ソフトを噛ましてみてもダメだった。時間をかけて散々手を尽くしたので、きっぱり諦めた。

幸いプリントアウトしたものも若干あるし、私がコンピュータに詳しくなければ98のフロッピーディスクに封印されていたデータもある。紙だったら、とっくに紛失していただろう(なにせ私は大学の卒業証書を自宅で失くすくらいである)。失ったことを悔やむより、今後失わないように傾注することのほうが賢明であろう。

これも何かの啓示だとばかり、システムを新しく構築した。同じ轍を踏まないように今度はバックアップ体制をしっかりさせた。

パーティションを細かく仕切っていた東芝製の外付けハードディスクは、東芝製のハードディスクフォーマットソフトを使ってフォーマットし直してパーティションも取払った。

パソコンに内蔵してある1TBのハードディスクは、EaseUSのPartition Master Freeでニ分割し、Todo Backup Homeでシステムとデータがそれぞれ別ドライブに丸ごとバックアップするようにした。
更にSDカードにもバックアップをとった。これでデータの紛失はなくなるだろう。

ただし、ささやかながらにでも価値あるデータが、今後増えるか否かは誰も知らない。

精神科医とスピリチュアル

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先日、定期的に通院している心療内科のドクターが急逝されたと電話連絡が来た。
大動脈解離とのことだ。

5年もの永きあいだ診察していただいた。症状が良好なときは月に一回だったが、この一年は特に酷かったので二週間に一回であった。一回の時間が10分程度であれ、月に二回、顔を合わせて近況を話していた人が亡くなったことに強烈なショックを受けている。

ドクターは症状の経過を実に良く覚えていて、薬の選択も適切であった。病状を戦況に見立てて、薬による「戦略」を打って出ている感じがしたものだ。ベネフィットがない新しい薬も積極的に処方する一方、漢方薬も出してくれた。これが実に効果的で、10年以上も苦しんでいた梅核気が寛解した。

アタマもカラダも全然動かせなくなったときは離職を真剣に考えた。職場は3ヶ月以上の休職にさせて代替の人員確保を画策したようだが、ドクターのおかげで2ヶ月で職場復帰できた。ドクターの「戦略」が適切だったのだ。

いつも笑顔で包容力の溢れる人柄だったが、診察室から激昂した声を待合室で聞くこともあった。患者さんに阿ることなく、自身の診療方針を毅然と貫く人だった。

ドクターはスピリチュアルに関心が強く、クリニックにはその手合のグッズがところどころに鎮座していた。私も妻もそちらの関心が高いので、抵抗感はまるでなかった。

ネットでの評判は今ひとつであったが、医学者然としていないドクターと「氣」の合わない人が腹立ち紛れに書いたものだと思っている。おそらく即効性を求めて来院した患者さんは、ドクターのクスリだけに頼らない診療が気に入らなかったのだろう

精神は突然病むものではない。永い時間蝕まれて発症するものだ。寛解するためには同じくらい永い時間が必須である。しかも欠損したマイナスの状態をゼロにするには、実り豊かなプラスの充足感が必要だ。

ドクターはプラスの時間をどれだけ過ごせたかを毎回訊いてきた。患者さんが気がつかないように、こっそり邪気祓いの柏手や氣の注入を行っていた。

私はプラスの時間が未だ足りないようで、これからも精神科に通う必要がある。「もう定期的に来る必要はないよ」とドクターから言われたかった。

「大動脈解離で即死だったのは良かったのかもしれない。別の病気でだんだん痩せ細って、元気が無くなっていく先生を見るのは、それはそれでとても辛いと思う。いつも元気だった先生は幸せだっただろうし、みんなの心の中にも元気なままで生き続けているに違いない」と、大動脈解離から奇跡の生還をした妻が言っていた。

私もそう思うようにしている。
吉田先生、今までありがとうございました。何度も救われました。
ご冥福を心よりお祈りいたします。



おやすみ虎太郎

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家で一番の老犬だったコタロウが、三日未明に虹の橋を渡りました。十四歳でした。

昨年末、年内は持たないかもしれないと言われてから、実に半年以上生きながらえました。このところ急激に元気がなくなってきたので、心の準備は妻も私もできてはいました。

二日の朝、見てと妻が抱いていたコタロウの顔はもう死んでしまったイヌの顔でした。それでもよたよたと自力で歩く気丈さは最期まで失いませんでした。

三日の午前三時頃、妻が目を覚ますと、コタロウは虹の橋を既に渡ってしまっていました

仕事を休ませてもらって、午前中に火葬をしてもらいました。顔には苦悶の表情はなく、いつものように寝ているとしか見えません。
最近のお気に入りだったビスコのクッキーを顔の周りに散らして、大きなジャーキーを抱かせました。

やがて火葬も終わり、遺骨を骨壷に入れました。大きめだったとはいえ流石にチワワです。ペキニーズのぶすけ君に比べると、本数は同じなのに骨が少ない感じがします。それでも骨の一本一本はしっかりと硬くて、丈夫なイヌだったよなと改めて感心した次第です。

ぶすけ君と同じサイズの骨壷に納め、骨壷覆いは渋めの紫系のを選びました。
戒名の意味を込めて、虎太郎と表記してもらいました。
遺影の準備を進めていますが、諸般の事情で写真がむき出しのままです。フレームに早く入れてあげたい。

この半年あまりで、ワンコが5匹から3匹に減ってしまいました。そのうちの1匹は引きこもりなので、実質2匹です。

1匹に対する時間とスキンシップは確実に増えました。そのせいでしょうか、以前よりも明らかに甘えてきます。ペキニーズのブウちゃんはお出迎えをしてくれるようになりました。

寂しくなった居間を眺めながら、頭数の少ないこのままのほうがワンコたちは幸せなのかなと思っています。
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