きんたこブログ

オーディオとギターとコンピュータを愉しんでいます。

お出かけ

お護摩のために新栄寺参りをする

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今日はクリニックに行く前に、成田山札幌別院新栄寺にお護摩に行きました。

私の信教は神道なので、仏教は勝手が全然わかりません。要所要所は妻に教わりながら拝んでまいりました。
願意に近い護摩木に氏名を記入して、係の方に渡しました。肝心の焚き上げは時間がないので参加できませんでした。

仏教でありながら「現世利益」を全面に打ち出すところは、私には衝撃的でありまして、神社でもしない「宝くじで大金を!」と意地汚いお願いをしてきたのち、メンタルクリニックに行きました。

うつ病は金で治るというのは半分本当だと思う。

毎朝、耐え難い頭痛と腰痛が目が覚める前から意識にのぼる。
多少の作業で疲労が膿のように脳髄に粘りつきながら蓄積する感覚でいっぱいになる。
頭痛で脳みそがビリビリと痺れるような浮遊感が常にあり、とっさに何かを思考することが非常に難しい。

好きなことしかしないのではなく、せめてできることが好きなことぐらいなのだ。
それでも嬉々として取り組めるわけではない。
月並みな言い方だが、同じ境遇でなければ分からないだろう。

こんな埃まみれの日々を送るのは、ただただ月給のためだけである。お金のために「生命」を犠牲にしている。

しかし、もし一億円があれば、

仕事から離れられる
ゆっくり休養できる
食事やエクササイズに時間を割ける

暇になり、苦痛が和らぎ、身体にエネルギーが充填したら、

退屈にもなるだろう。

退屈になれば再び生きがいを求めて「仕事」をするのではないだろうか?考えが甘いかな。少なくても私は再び生きがいを求めたい。

ただ大金を手にしたら、引きこもりになる危険性が多分にあることに注意が必要だ。机に座っていても、生きがいを感じる「仕事」が今の世の中にはあったりするからだ。

うつ病、寛解しないかなぁ。

ぬくもりの宿「ふる川」に宿泊する(朝)

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習慣とは恐ろしいもので、普段よりも昨晩はお酒を飲んだのですが、いつもの時間に目覚めました。

布団の中で暫くうつらうつらしながら時間を潰して、朝食の時間を待ちます。時間になって会場に行くと、ピークは過ぎていたようで、一つの料理に何人もが群がるようなことはありませんでした。

食堂を軽く一周して何があるかを把握してから、厳選した料理だけを皿に盛りました。
「ふる川」は朝食も美味しい。大好きな鮭の切り身も厚くて油の旨味もタップリしています。厳選するのは、美味しいのを知っているので食べ過ぎ防止のためなのです。

食事が済むと元気が出てきました。昨晩入れなかった温泉に突入です。時間がないのでシャワーで身を清めてから、露天風呂に身を沈めます。少しぬるめでしたが、貸切状態でご満悦。

「堀川」の香に包まれながら、帰りにお揃いの「かっぽん」のTシャツとお土産を買って帰路につきました。

自宅でコーヒーを飲みながら、温泉まんじゅうを頬張りました。
やはり「ふる川」の温泉まんじゅうは頗る美味でした。

ぬくもりの宿「ふる川」に宿泊する(晩)

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定山渓にある「ふる川」に一泊ですが旅寝をしてきました。

結婚記念日には「ふる川」に投宿するのを常にしていましたが、私の体調不安やわんこのホテル問題などで、この数年はせいぜい温泉まんじゅうを買いに行く程度でした。

私の体調は依然悪いままなのですが、わんこが少なくなってしまったこともあって、思い切って今年は宿泊することにしました。

仕事から帰ってきてから、まとめておいた荷物を自動車に詰め込んで大凡20分もすると、定山渓の温泉街に着きました。我が家は街に行くよりも温泉に行くほうが近いのです。

食事は相変わらず美味でした。お酒は沢山持ち込んでいたので、クラスワインを少しづつ味わいました。舌鼓を打って満腹になるともういけない。せっかく温泉に来たというのに眠気でいっぱいになります。ロビー横の喫茶室でコーヒーを飲まずに意地汚く梅酒を二杯ほど煽って自室に帰りました。

高中正義 / SUPER LIVE 2019 “BLUE LAGOON 40th Special"

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高中正義氏が、今年も来札してくれました。
会場は「わくわくホリデーホール」改め「カナモトホール」。

会場前、初老の紳士淑女が列をなして並んでいます。さすがマニュアル世代。行儀の良さと勉強好きなところは偉いと感服しています。

しかし運営が手際が悪い。モタモタしているのか刻々と開演時間が迫っているのに、なかなか列を収容できない。自分の座席に座れたのは本当に直前でした。「これは遅れるな」と思いましたが、なんと強行開演!しかもオープニングは、今回のツアーの代名詞。落ち着く間もなくスタンディングです。

今年は「Jolly Jive」を中心に東芝時代の名曲で構成したセットでした。終始ノリノリのナンバーばかりでしたので腰掛けることができず、腰とお臀が痛いったらありゃしない。近くでは「偽アマゾンズ」が即興で踊っていたり、洗濯をした昨年度のタオルを回している人がいるのか柔軟剤の香りが漂ったりと、生活感のある客席でした。

昨年まで2列目3列目とステージにとても近かったのですが、今年は6列目。妻は不満を顕にしていましたが(チケットの手配などは全て妻がしてくれました)、私は大向うよろしく「たかなか〜」「さんげんかく〜」と声を掛けることができて大満足。

エンディングは、加藤和彦のギターを使っての「黒船」。せっかくなのだから、ミカバンドバージョンで弾いてほしかった。

入場の際の手際の悪さと裏腹に、写真撮影に関しては非常に厳しかった。私を含めて何人もの人がステージ後のスマホを注意されておりました。
去年まではほとんど自由撮影会のようでしたので、そんな落差にがっかり。撮影した機材を眺めていると、いつまでも余韻に浸れるんですよね。

当たっちゃった

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昨日は妻の実家のお墓参り。自分の実家はもう10年はお参りしていない。罰当たりだなぁと思いながらも、帰京する気が起きない。あんな暑いところへ行くものかと思っていたら、東北や北海道の方が暑くなってきた。地球規模で狂っている。

サマージャンボ宝くじで頂戴するはずだった7億円は、今回は遠慮した。実際のところは5000万円あれば良い。億のお金を使う時間は、年齢を考えれば残り少ない。

妻の実家に向かう途中で地震雲。これは危ないと話していたら、十勝沖で本日地震発生。宝くじは当たらないが、地震雲はかなり当たる。しかし理も利も何もない。

地下街で、名寄に転勤した友人と4年ぶりに再会。話は募らせたいが、彼の乗る列車の時刻が迫っているので再開を約束して別れる。

ガソリンをいつも入れているスタンドで羆がウロウロ。ようやく一頭射殺できたが実はまだ二頭いるんだよね。家庭菜園の美味しい玉蜀黍を食べ漁っているようなので、とても危険。丘珠事件ふたたびも現実味を帯びてきた。

コンピュータのメモリをグレードアップさせたら「相性」に当たり。元に戻しても起動しない。中華製のバックアップソフト、全く役に立たず。DVD-Rでも作ろうかなと思いつつ、USBメモリで作っておいた回復ドライブでいざ出陣。即撃沈。BIOSを眺めて半ば諦め。

明日、職場のコンピュータで回復ディスクを作ってみよう。

当たらなければいいなぁ

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お昼はコンビニでパンを買い、近所の公園で食しました。
お盆休みのためでしょうか、バーベキューを楽しんでいる人もいつもより少なく、また滔々と流れている川も、水遊びができないほど痩せていました。

川の流れが貧相なので、ちゃぽちゃぽしたせせらぎに耳を傾けながら(他所の家のバーベキューの薫りをオカズにして)のんびりと食事を愉しんだ。我が家は大都市サッポロにある田舎の山に住んでいるので、特別なことをしなくても自然相手に時間を過ごすことができるのです。

暫くして妻曰く「雲が怪しい」と。見立てでは遠いらしいが地震雲らしきものが見て取れるようだ。
熊が出たり天候が不順だったりと自然に振り回されているので、せめて天変地異は具合の悪いときにはおこらないでほしい。

陽にあたったせいか、家に帰るとぐったりと疲れてしまった。

生きる(あるいは希死念慮)

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妻が入院してはや三週間が経った。

テレビばっかり見ているのでその手の豆知識に造詣が深い妻が、救急隊員が来る前に激痛なのに脚の感覚がなくなってしまい「もうだめだ」と漏らした諦観の声を絶望的な気分で聞きながら「救急隊員がなんとかしてくれる!」と鼓舞したことや、雪かきをサボってしまったので雪深かったアプローチをザクザク渡って救急車に乗り込み、30分以上はかかる病院までの道中(救急車は思っているほどスピードを出さない)のことをぼんやりとは思い出すが、時間の感覚はおかしかった(自分が救急車で以前搬送されるときは未来永劫続くかと思われたが、実に短時間で病院に着いたような気がする)。

診察の結果「大動脈解離A型」であることが判明した。妻がもし逝ってしまったらと絶望し、思考回路がショートしてしまったように感情と体調が狂っていた三週間だった。

仕事も休んだ。うつ病が悪い波を打って心身共に制御不能の日もあった。上司がお見舞いに来たときも、まともな対応ができなかった。自分に必要なモノゴトが次々と剥がされるような時間を過ごした。不安だけしかなかった。思考はやはり働かなかった。

現在、妻の様態はだいぶ落ち着いている。早ければ今月末で退院だそうだ。ただその確証はない。

今回の件で改めて理解したこと。

・もう仕事には希望も情熱もない。与えられた職責を果たすことしかできない。いやそれすらできないかもしれない(分限免職だ)。
 
・趣味も上辺だけで愉しんでいない。大切なコトを犠牲にしてでもといった熱意はない。

・ビールが美味くない。甲類の焼酎で十分。

もうナイナイづくしでどう仕様もない。しかし実際生きていることの価値が積極的に見いだせない。

こんなことを言えば、90歳を超えてなお生きる執念に取り憑かれている義祖父や、癌に犯されてでも仕事をやめようとしない実父に怒られよう。

しかし仕方がない。うつ病とはそういうものだ。自分で首縊りを画策しないのでまだマシだ。
自分以外の人に起こる「良かったね!」を糧にして、自分の命を取り留めている(いや、もちろん自分が死んだら色々と面倒な事が起きて困る人が出てくるのは百も承知のこと。だからこそ自分で首縊りはもうしない)。

第70回さっぽろ雪まつり

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メンタルクリニックに定期通院の日。昨年度半ばから激動の日常生活を送っているが、脳みそを極力使わないのでなんとか生きている。しかし、このクリニックで処方してくれる薬をきちんと服用することが前提。時間や量が乱れると、途端に体調が崩れて寝たきりになってしまう。快復には数日が必要。

クリニックは札幌の大通公園に面している。この大通公園で開催されている「雪まつり」に一人ではあるが軽く見物に行った。

なんだか出店を含めて物販のプレハブばかりが立ち並んでいる。去年もこんなものだったか?まるで北海道の食がテーマのオータムフェスタのようだ。空腹を刺激するあたたかい薫りが氷点下の空気に漂う。
雪像もアニメ(?)のキャラクターが多い。以前はもっと手の込んだ雪の建築物が多かった印象がある。

時間がないので、さぁーっと足早にひと回り、要所要所でスマホ撮り。我乍ら、咄嗟のスマホ撮りが上手くなったものだ。習うより慣れろとはまさにこのこと。

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雪ミクのコーナーは長蛇の列。昔、並ばないで入れたのは時間帯のおかげだったか。興味があったが、時間がないし並ぶのも嫌いなのでパス。

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何時ものように「北方領土返還要求」に記名して、大通公園をあとにした。「雪まつり」は、一人でサッサと眺めるだけではつまらない。感想を述べ合ったり、出店の珍しい食べ物をシェアする連れが必要だ。

そういえば、今年はまだ雪ミク電車を見ていない。これには一人だけでも乗ってみたい。オタッキーな札幌市民として、未経験では戴けない。
自動車で帰る途中の国道で、薄紅鮮やかなミクの痛車が隣の車線を走り抜けた。ナンバーまでは確認できなかったが、その熱心さに羨望する。

帰宅途中に妻の入院する病院に立ち寄る。具合悪そうに寝ていた。まだ熱が38℃と高いそうだ。必要なものだけ渡して立ち去る。明日は少し話ができればと願う。

ぶすけ君、ありがとう

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昨晩は遅かったせいか、起床する時間になっても布団から出られませんでした。居間で犬が騒いでいても、いつものことだと思ったのでしょう。なにぶん記憶が定かではありません。

8時頃、朝早いアルバイトから帰って来た妻が、大きな声で私を呼びます。「起きて!ぶすけ君が死んでいる!」

慌てて二階の寝室から下の居間に駆け降りました。

ゲージから出されたペキニーズのぶすけ君が、目を開けたまま横たわっています。体に触れるととても暖かいのですが、四肢は固くなり始めていました。

アルバイトに妻が出かけるときは変わったところがなかったようなので、その後てんかんの発作を起こしたのでしょう。

ぶすけ君の本当の名前は「龍之介」といいます。
うちに来た当初は変わったところがなかったのですが、数年前から眼振が酷くなり、てんかんの発作を起こすようになりました。
てんかんを抑える薬を毎日飲み、発作が酷くなるとかかりつけの動物病院に連れていき、入院することもたびたびでした。

動物病院では愛想がとても良く、大好きな受付のお姉さんに構ってもらえるとご機嫌でした。

てんかんだからでしょうか。もう成犬なのにいつまでも仔犬のような行動をとっていました。
自他の糞を食べようと虎視眈々と機会を伺ったり、トイレ以外の所にオシッコをかけたりと困ったコトは改まりませんでした。

しかし、

妻が二階から降りて来るのを階段の下でちょこんと座って待っていたり、
ゲージから出すと真っ先に骨状のガムを咥えて誇らしげに部屋の中を闊歩したり、
オヤツの煮干しが大好きで二匹与えないとねだり続けたり、
ねだる声がまるで人間の声のようなので、もしかしたら人語を話すのではないかと思わせたり、
食い意地が張っているくせに、がっついて手まで噛みつくことはなかったり、
私が居間で寝転がっていると決まって対面に伏してお見合い状態になったり、
「ぶすけ君」と声をかけると表情は変えないのに静かに尻尾だけフリフリと振ったり、

…。

ぶすけ君は、クッションの上でタオルに包まれて目を開けたまま横たわっています。その横で腹ばいになりながら、このテキストを入力しています。
決して健康体といえないので、長生きはしないだろうと覚悟はしていました。
しかし目を開けたまま動かなくなったぶすけ君を見ていると、どうしても嗚咽と涙とを止めることができません。

ぶすけ君は私よりも妻が好きでしたし、妻も可愛がっていました。妻が泣いています。私も泣いています。私は、私なりにぶすけ君を可愛がっていたつもりです。長い休養中は一日中家にいたので、以前よりも距離が縮まったように感じていました。

これから火葬場に行きます。家から近いところは臨時休業だったり先約でいっぱいだったりなので、遠いところまで行かなくてはなりません。

ぶすけ君、一緒に暮らしていた7年間は楽しかったよ。
できたら虹の橋の向こう側で待っていてほしいな。

高中正義 “BRASILIAN SKIES 40TH”

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先日(19日/金)、高中正義氏のコンサートに妻と出かけました。高中氏の北海道公演は長いことありませんでしたが、「スーパースタジオライブ」のイベントで来札して以来、この3年間は「わくわくホリデーホール」でコンサートを毎年行っています。

高中ファンの掲示板を覗くと、今年はセットリストもプレイも非常に良いということで、彌が上にも期待が高まります。

3年前は2階席中央、去年は中央2列目、今年は右3列目と、チケットの手配が迅速だった為か非常に良い席を毎回確保しています。

思い返せば高中氏のコンサートを初めて観たのは、横浜スタジアムで行われたギター・ファンタジア82のツアーでした。スタンドの一番後方の席だったので、ミュージシャンは全然見えず、手拍子は左から右にドップラー効果のように流れてしまう感じで、ただただ「イベント」に参加しただけのようでした。その35年後に、毎年こんなに近くで氏のプレイを見られるなんて想像だにしていませんでした。

左右のステージいっぱいの所に腰掛けて高中氏がプレイをする曲があるのですが、もう本当に目の前でのプレイでしたよ。

雑誌やビデオでしか見たことのないSG-Tが!ブルーのSGが!目の前で実際に音を奏でている!

今年のステージセットは、高中氏を取り囲むようなアンプ・エフェクターラック群がコンパクトになっていて、随分スッキリとしていました。シールドがワイヤレスになっていたせいか、ストラト(ジェフ・ベック・モデル?)の音がギンギンときつく感じられ、何時もの「高中サウンド」ではないように感じました。二台のSGはそれぞれ太くて安心できる音でした。

東芝時代のナンバーもあり(そのためのアマゾンズですよね)、「あぁ、高中正義を聴き続けてきて良かったなぁ」と感じ入る充実のひと時でした。

アンコールの締めは、新調したらしい七色に輝くSGを使い、あの被り物をしたままで、ドラマチックで速いパッセージもある、あの難曲かつ名曲でした。武道館で見ることができなかったあのステージ(チケットを持っていた友人がナント誘ってくれたのですが、当日高熱を出してしまい、あえなくファンでもない第三者に流れてしまいました)が、今目の前で再現されている!事前情報がありましたが、胸に熱くこみ上げてきましたね。
七色に輝くSGのネック裏がよく見えたのですが、ピカピカとシルバーに光り輝いておりました。全くの新品ですね。今後、披露する機会はあるのかしらむ。

このコンサートは恒例によって、春にDVDで発売されるのでしょう。とてもとても待ち遠しい思いがします。

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livedoor プロフィール

きんたこ

オーディオ・ギター・音楽が大好きな、文学崩れの鬱々おじさんです。毎朝、ひふみ祝詞を奏上して、納豆・バナナ・ヨーグルト・リンゴ黒酢とレモン黒酢を義務感の如く食しています。

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