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今日はクリニックに行く前に、成田山札幌別院新栄寺にお護摩に行きました。

私の信教は神道なので、仏教は勝手が全然わかりません。要所要所は妻に教わりながら拝んでまいりました。
願意に近い護摩木に氏名を記入して、係の方に渡しました。肝心の焚き上げは時間がないので参加できませんでした。

仏教でありながら「現世利益」を全面に打ち出すところは、私には衝撃的でありまして、神社でもしない「宝くじで大金を!」と意地汚いお願いをしてきたのち、メンタルクリニックに行きました。

うつ病は金で治るというのは半分本当だと思う。

毎朝、耐え難い頭痛と腰痛が目が覚める前から意識にのぼる。
多少の作業で疲労が膿のように脳髄に粘りつきながら蓄積する感覚でいっぱいになる。
頭痛で脳みそがビリビリと痺れるような浮遊感が常にあり、とっさに何かを思考することが非常に難しい。

好きなことしかしないのではなく、せめてできることが好きなことぐらいなのだ。
それでも嬉々として取り組めるわけではない。
月並みな言い方だが、同じ境遇でなければ分からないだろう。

こんな埃まみれの日々を送るのは、ただただ月給のためだけである。お金のために「生命」を犠牲にしている。

しかし、もし一億円があれば、

仕事から離れられる
ゆっくり休養できる
食事やエクササイズに時間を割ける

暇になり、苦痛が和らぎ、身体にエネルギーが充填したら、

退屈にもなるだろう。

退屈になれば再び生きがいを求めて「仕事」をするのではないだろうか?考えが甘いかな。少なくても私は再び生きがいを求めたい。

ただ大金を手にしたら、引きこもりになる危険性が多分にあることに注意が必要だ。机に座っていても、生きがいを感じる「仕事」が今の世の中にはあったりするからだ。

うつ病、寛解しないかなぁ。