2019年07月

15th ANNIVERSARY- JUJU HALL TOUR 2019 「YOUR REQUEST」

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19日の金曜日、妻のお供でJUJUのコンサートに行きました。

観客層は若い人はあまりおらず、40代以上と思われる女性が大勢を占めていました。

会場は創世スクエアの中にある札幌文化芸術劇場 hitaruでした。
あまりにも普通のエスカレーターを乗り継いで行くと、ごく普通のロビーに着きました。全てが普通なので何の感慨もなく会場への扉を開くと、素晴らしい光景が目の前に広がりました。流石、札幌で一番設備が良いと思われる会場です。思わず興奮気味になりました。

座席は1階中央7列目。妻がチケットを買うといつも良い席です。

中森明菜の激しい曲からスタート。観客はいきなり総立ちでした。
私は腰にコルセットを巻いている状態なので、申し訳ないと思いながら腰掛けていました。

今までの歩みを再現するようにステージセットが変化するなか、オリジナルとカバー曲が半々だったようです(なにせお供なので勉強不足)。
パワフルな歌声が魂をも揺さぶるようです。MCも手慣れたもので、饒舌ではないものの笑いもしっかりと取っておりました。

アンコールの最後は、十数年あたため続けているオリジナル曲で締めでした。

未知の曲の殆どでしたが、飽きることなく楽しめたステージでした。また来札したら行こうと思います(妻は前回も行っております)。

観客の方々は流石に年配の功なのが、サーッと会場から引いていきました。私は、楽器の写真を撮ろうと最後まで粘っていましたが、係員の方にあっさり制止されてしまいました。
残念。

風ベスト / 風

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正やんの歌が好きだ。フォークソングを聴いていた頃、陽水やたくろうと違って「かぐや姫」には心が動かなかった。しかし正やんの歌う「22歳の別れ」だけは別だった。(イルカの歌う「雨の物語」も好きだった。南こうせつのレコードは持っていたが、ギターの水谷公生が目当てであった)。

「かぐや姫」解散後の「風」は、いわゆるフォークとは違っていた。当時はニュー・ミュージックと呼称されていたが、現在の耳はそれとも違う音楽に聴こえる。

「風」以降の正やんも気になっていた。正やんのソングライティングはとても魅力的だ。松本隆の詩は売れていくに従って華やかになってしまったが、正やんの詩には生活感がありながらも貧乏臭くなくて、当時の状況でも共感できた。

本当はコンプリートしたいミュージシャンの一人なのだが、なかなか財布の紐が緩むタイミングが合わない。仕方がないのでベストアルバムで我慢をしている。ところが例の如くベストアルバムがベストでないので、やはり2枚のCDを交互に聴いている。

もうギターは買わないつもりなのだが、正やんを歌いたいのでアコースティックギターを一本持っていてもいいかなと思っている。

今回の趣旨からは外れるが、正やんと「なごみーず」を組んでいる太田裕美は私にとってミューズのひとりである。
「君と歩いた青春」は正やんの歌よりも切ない。
大瀧詠一の『A LONG VACATION』も「さらばシベリア鉄道」があるので聴いているようなものだ。
鈴木茂の「風信子」はオリジナルを超えて心に訴えてくる。


ゴールデン☆ベスト / 柳ジョージ&レイニーウッド

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この数年、公共交通機関を通勤に利用してきた。札幌の街の端から端までをバスと地下鉄とを乗り継ぐので、時間は随分とかかる。幸いだったのは乗車駅がほとんど始発駅でもあったので、必ず座れて仮眠ができたことだ。

体調は依然不良なのだが、訳あって自家用車通勤を今春から再び始めた。仮眠に当てていた時間にハンドルを握るのだから、最初は眠くて非常に危険であった。そのうち慣れてきて、カーステレオを聴く余裕さえできた。

そういう気分なのだろう。歌ものとオケものばかり聴いている。

オケは広上淳一指揮の伊福部昭作品「宙」とサンダーバード音楽集である。これにウルトラセブンの音楽集を取っ替え引っ替えしながら聴いている。気持ちが高揚し、機械の操作に力が入る。交通量がまだ少ない朝の国道で、10万キロを超えたダイハツの軽自動車を滑らかに疾走させている。

歌ものは、時間的に古くなってしまった日本のロックだ。クリエイションもそうだが、柳ジョージとレイニーウッドのベストアルバムも好んで聴いている。

ベストアルバムと銘を打ってはいるが、ベストな選曲が組まれたアルバムは少ない。ライブ盤のほうが理想的なリストで編まれていることが多い。

柳ジョージのベストアルバムも同様である。完璧なベストとは思えないので、所持している2枚のベストアルバムを交互に聴いている。

本当はもうひと手間かけて、2枚のアルバムからセレクトしてCD-Rの80分に収まるように自分で編集するのが最適なのだろう。ところがそんなことでさえ気持ちが奮わないほど精神が疲弊していたりする。本当に困ったものだ。

交互にとは言うものの贔屓はあるもので、好みの歌が入っているCDが流れると嬉しい。CD-Rは無記名の白いままなので、何がかかるかは楽曲が流れるまでは分からない。

「Weeping In The Rein 雨に泣いている」は、柳ジョージにとっては名刺代わりの代表曲だ。真似のできない歌声と、シンプルながら感情に染み入るギターのフレーズが気持ちを奮い立たせる。
できることなら自室を改造し、カラオケルーム仕様にしたい。そこでギターを抱えて、下手な歌をがなり立てたい。そんな気持ちにさせるほど、この曲は魅力的だ。

宝くじが当たればなぁ。

話変わって、この手のベストアルバムのジャケットは、揃いもそろって実に残念な仕上がりである。
予算がなかったり権利の問題で、思い通りにならない事情がひしひしと伝わってくる。そんな貧相なジャケットを纏わされた楽曲が哀れだ。ジャケットが訴えかけないアルバムに、新規のリスナーの食指は動かない。

CDが売れないのは当然であろう。

mcIntosh MA6900 致命的な大事なし

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先日、ヴィンテージオーディオ堂さんからメールが届きました。  

メンテナンスに出しているMA6900は、点検・計測器での試験および動作試験を念入りにしていただいた結果、重篤なトラブルはないようです。やれやれ一安心。

今回は基本的なメンテナンスを中心に、電源部のコンデンサーを交換してランプもLEDに置き換えてもらいます。どれだけリフレッシュして帰って来るのかが楽しみです。

報告によると、基板上のホコリが多かったようです。20年近く設置したままなので、当然といえば当然のこと。使わないときは風呂敷でも掛けておこうかしらむ。

喪うことが最近続いていたので、とてもホッとした連絡でした。

ソフトウェアの再インストール

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仕方なしではあるがパソコンのシステム構成を改めるのだからと、ソフトウェアのアンインストールとインストールとを改めて行った。

私は「一太郎2005 」や「筆王2006」など15年前のソフトを未だに使っている。住所が一部変更した以外は不都合のないところが、これらのソフトの偉大なところだ。

しかし何かある度にいちいち箱からCD-ROMを取り出すことは不便である。そこでusbメモリにディスクを丸ごとコピーすることを思いついた。
ボサっとしているうちに携行メモリーの容量が大きくなったことで、シェアウェアソフトやフリーソフトはもちろんのこと、かさばるCD-ROMのインストールディスクさえも全て取り込めるようになっていたのだ。

「CCleaner Professional」も購入して、準備は整った。

windowsの「設定/ アプリと機能」を使って、FFFTPやプリンタードライバーなどを除いたソフトウェアを順次アンインストールしていった。

ほぼ丸裸にしてから「CCleaner」を使って不要ファイルとレジストリのクリーニングを行い、「Todo Backup Home」でバックアップをした。
その後、シェアウェア/ フリーソフト用のフォルダを作って、必要なソフトウェアのインストールを片っ端から続けた。

元のような環境に戻してから再びバックアップをとり、パソコンの仕切り直しは完了した。

インストールし直してからまだ使い込んでいないので、安定しているかどうかは不明である。しかし今回の再構築にはかなり資金を投入したので、どうか無事に働き続けてほしいものだ。

ディスク管理にと、「CrystalDiskInfo 7 Shizuku Edition」を導入した。以前から使っている東芝製のハードディスクはまだまだ元気で何よりだ。

20年間のデータをオーバライトしてしまう

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画像データは各フォルダに分散していた。何年にもわたるデータ量故に、結構なGB量である。クラウドには自分すら忘れていた写真があったりする。この発見がなかなかに楽しい。

それぞれのフォルダに収めた写真は、データネームがバラバラである。それを撮影時間にリネームできるソフトをかけて、重複ファイルを取り除く。そのとき、あっちのドライブこっちのドライブとピンポンさせたのが拙かった。

誤ってデータドライブを潰してしまった。

20年にわたる札幌での私生活の記録や資料。卒論や紀要に載せた文章。ネットでの知人とのやり取り。ホームページの過去のデータ。定年までの5年間、仕事で転用できる模範的文書や通信文章。等々。

読み返すか?と訊かれれば、多分読み返さないものではある。
しかし個人史としてはささやかな意味のあるものでもある。

慌ててwindowsのバックアップ機能を使ったが、同じドライブに保存していたレーザーディスクの録画データは救出できたものの、ドキュメントは全滅だった。可能性のあるドライブに復元ソフトを噛ましてみてもダメだった。時間をかけて散々手を尽くしたので、きっぱり諦めた。

幸いプリントアウトしたものも若干あるし、私がコンピュータに詳しくなければ98のフロッピーディスクに封印されていたデータもある。紙だったら、とっくに紛失していただろう(なにせ私は大学の卒業証書を自宅で失くすくらいである)。失ったことを悔やむより、今後失わないように傾注することのほうが賢明であろう。

これも何かの啓示だとばかり、システムを新しく構築した。同じ轍を踏まないように今度はバックアップ体制をしっかりさせた。

パーティションを細かく仕切っていた東芝製の外付けハードディスクは、東芝製のハードディスクフォーマットソフトを使ってフォーマットし直してパーティションも取払った。

パソコンに内蔵してある1TBのハードディスクは、EaseUSのPartition Master Freeでニ分割し、Todo Backup Homeでシステムとデータがそれぞれ別ドライブに丸ごとバックアップするようにした。
更にSDカードにもバックアップをとった。これでデータの紛失はなくなるだろう。

ただし、ささやかながらにでも価値あるデータが、今後増えるか否かは誰も知らない。

SONY XPERIA SO-04H

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妻のSHARPのスマホの調子が悪いので、私の病院帰りにdocomoに立ち寄った。
店員さんとあれこれ話を煮詰めると、修理して使い続けるよりも包括的には安上がりになるというのでGalaxyの新製品を購入することになった。

私のXPERIAは3年以上使っているが、バッテリーの保ちが悪くなってきた以外は問題がない。ところが店員さんの診断によると、本体が微妙に膨らんで歪んでおり、発熱も通常以上であるらしい。
突然爆発炎上はないと思うが、危険が事前に判っている代物を敢えて携行するほど愚かではない。

ところがSONYの新製品には購入意欲が沸かず、妻が購入するGalaxyが一番魅力的であった。しかしROK製品を積極的に購入する気持ちが私にはない。さてどうしたものかと思案していると、補償制度を利用して同機種と交換するという手があると店員さんが言う。妻のスマホの下取りと累積しているポイントで代金はほぼかからないらしい。
一晩考えて、そのアイデアに乗った。

データの移植は楽な方法があるのだが、敢えて面倒な手段を行った。これを機にスマホの構造を理解しようと考えたのだ。

申込みをしたら二日ほどで家に届いた。恐ろしいまでの迅速さだ。

スマホにはまるっきり興味がなく、不調にさせると面倒なので、今まではほぼそのままで使っていた。今回は同じものが二台あるので実験し放題である。「ファイルマネージャー+」を使って、削除しても大丈夫なフォルダや具合の悪いファイルを検証しながら分析してみた。

なるほど、これは既にゴミでしかない画像データだの、SDカードに移しても読み込めないログデータだのと知識的な実りは多かった。
メールはサーバーに残しっぱなしの設定なので、簡単に復元できた。FacebookやInstagramはおろかLINEすらしていないので連絡帳の移植も簡単だった。

写真のデータはMicroSDカードに保存するようにしてある。アダプターをつけてコンピュータに一時退避させた。

積極的な対策を講じたことで、以前と同じような使い勝手でありながらもメインストレージはかなりスリムになった。

スリムになったおかげで、YahooやGoogleなどのクラウドデータを全てダウンロードすることができた。クラウドの跡地はきれいさっぱりとデータ消去した。

MicroSDも64GBから128GBに倍増させた。これで新たな気持ちで快適なガジェットライフが楽しめると思ったが、酒を飲みながら作業をしていたのが悪かった。

取り返しのつかない下手を打ってしまったのだ。

精神科医とスピリチュアル

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先日、定期的に通院している心療内科のドクターが急逝されたと電話連絡が来た。
大動脈解離とのことだ。

5年もの永きあいだ診察していただいた。症状が良好なときは月に一回だったが、この一年は特に酷かったので二週間に一回であった。一回の時間が10分程度であれ、月に二回、顔を合わせて近況を話していた人が亡くなったことに強烈なショックを受けている。

ドクターは症状の経過を実に良く覚えていて、薬の選択も適切であった。病状を戦況に見立てて、薬による「戦略」を打って出ている感じがしたものだ。ベネフィットがない新しい薬も積極的に処方する一方、漢方薬も出してくれた。これが実に効果的で、10年以上も苦しんでいた梅核気が寛解した。

アタマもカラダも全然動かせなくなったときは離職を真剣に考えた。職場は3ヶ月以上の休職にさせて代替の人員確保を画策したようだが、ドクターのおかげで2ヶ月で職場復帰できた。ドクターの「戦略」が適切だったのだ。

いつも笑顔で包容力の溢れる人柄だったが、診察室から激昂した声を待合室で聞くこともあった。患者さんに阿ることなく、自身の診療方針を毅然と貫く人だった。

ドクターはスピリチュアルに関心が強く、クリニックにはその手合のグッズがところどころに鎮座していた。私も妻もそちらの関心が高いので、抵抗感はまるでなかった。

ネットでの評判は今ひとつであったが、医学者然としていないドクターと「氣」の合わない人が腹立ち紛れに書いたものだと思っている。おそらく即効性を求めて来院した患者さんは、ドクターのクスリだけに頼らない診療が気に入らなかったのだろう

精神は突然病むものではない。永い時間蝕まれて発症するものだ。寛解するためには同じくらい永い時間が必須である。しかも欠損したマイナスの状態をゼロにするには、実り豊かなプラスの充足感が必要だ。

ドクターはプラスの時間をどれだけ過ごせたかを毎回訊いてきた。患者さんが気がつかないように、こっそり邪気祓いの柏手や氣の注入を行っていた。

私はプラスの時間が未だ足りないようで、これからも精神科に通う必要がある。「もう定期的に来る必要はないよ」とドクターから言われたかった。

「大動脈解離で即死だったのは良かったのかもしれない。別の病気でだんだん痩せ細って、元気が無くなっていく先生を見るのは、それはそれでとても辛いと思う。いつも元気だった先生は幸せだっただろうし、みんなの心の中にも元気なままで生き続けているに違いない」と、大動脈解離から奇跡の生還をした妻が言っていた。

私もそう思うようにしている。
吉田先生、今までありがとうございました。何度も救われました。
ご冥福を心よりお祈りいたします。



おやすみ虎太郎

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家で一番の老犬だったコタロウが、三日未明に虹の橋を渡りました。十四歳でした。

昨年末、年内は持たないかもしれないと言われてから、実に半年以上生きながらえました。このところ急激に元気がなくなってきたので、心の準備は妻も私もできてはいました。

二日の朝、見てと妻が抱いていたコタロウの顔はもう死んでしまったイヌの顔でした。それでもよたよたと自力で歩く気丈さは最期まで失いませんでした。

三日の午前三時頃、妻が目を覚ますと、コタロウは虹の橋を既に渡ってしまっていました

仕事を休ませてもらって、午前中に火葬をしてもらいました。顔には苦悶の表情はなく、いつものように寝ているとしか見えません。
最近のお気に入りだったビスコのクッキーを顔の周りに散らして、大きなジャーキーを抱かせました。

やがて火葬も終わり、遺骨を骨壷に入れました。大きめだったとはいえ流石にチワワです。ペキニーズのぶすけ君に比べると、本数は同じなのに骨が少ない感じがします。それでも骨の一本一本はしっかりと硬くて、丈夫なイヌだったよなと改めて感心した次第です。

ぶすけ君と同じサイズの骨壷に納め、骨壷覆いは渋めの紫系のを選びました。
戒名の意味を込めて、虎太郎と表記してもらいました。
遺影の準備を進めていますが、諸般の事情で写真がむき出しのままです。フレームに早く入れてあげたい。

この半年あまりで、ワンコが5匹から3匹に減ってしまいました。そのうちの1匹は引きこもりなので、実質2匹です。

1匹に対する時間とスキンシップは確実に増えました。そのせいでしょうか、以前よりも明らかに甘えてきます。ペキニーズのブウちゃんはお出迎えをしてくれるようになりました。

寂しくなった居間を眺めながら、頭数の少ないこのままのほうがワンコたちは幸せなのかなと思っています。

mcIntosh MA6900 重症なのか?

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McIntosh MA6900 の修理およびメンテナンスをお願いしているヴィンテージオーディオ堂さんから先日メールがきました。

不具合があるのですが発送時はいかがでしたか?といった趣旨のメールです。

私としては切れてしまったブルーアイズをLEDにして、ハンダ割れなどがあれば足してもらう程度の認識でしたので、青天の霹靂のような宣告に、ただただ驚いて心が騒ぐばかりです。

修理費は十分に用意しましたが、アンプ修理が終わったら Wadia のメンテナンスと音質改善とを依頼する予定でした。予算を大きくオーバーすれば、Wadia は今回諦めるしかありません。

今は只ひたすらに重症でないことを祈るばかりです。
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